仙台地方裁判所 平成4年(ヨ)233号 決定 1992年6月26日
平成四年(ヨ)第一四九号
債権者
黒羽浩之
債権者
黒羽隆司
右債権者法定代理人親権者
父
黒羽雅彦
母
黒羽佳代子
債権者
金田あかね
右債権者法定代理人親権者
父
金田寛之
母
金田京子
債権者
近田康太郎
債権者
近藤潤
右債権者法定代理人親権者
父
近藤龍彦
母
近藤幸子
債権者
山口優子
債権者
山口卓也
右債権者法定代理人親権者
父
山口金也
母
山口由美
債権者
大沼拓弥
債権者
大沼桃子
右債権者法定代理人親権者
父
大沼克弥
母
大沼万由美
債権者
津田杏子
債権者
津田亜希子
右債権者法定代理人親権者
父
津田正敏
母
津田悦子
債権者
村井浩平
右債権者法定代理人親権者
父
村井伸夫
母
村井ユリ子
債権者
畠中圭太
債権者
畠中遥平
債権者
畠中峻介
右債権者法定代理人親権者
父
畠中康秀
母
畠中知生子
債権者
伊藤輝正
右債権者法定代理人親権者
父
伊藤功
母
伊藤礼子
債権者
伊藤陽子
右債権者法定代理人親権者
父
伊藤秀雄
母
伊藤裕子
債権者
小野奈々緒
債権者
小野絢奈
右債権者法定代理人親権者
父
小野直行
母
小野玲子
債権者
佐藤直志
債権者
佐藤悠也
債権者
佐藤夏実
右債権者法定代理人親権者
父
佐藤一志
母
佐藤智香子
債権者
相沢亮太
右債権者法定代理人親権者
父
相沢喜洋
母
相沢まき子
債権者
沼倉佳彦
右債権者法定代理人親権者
父
沼倉和彦
母
沼倉逸子
債権者
會田和也
右債権者法定代理人親権者
父
會田治
母
會田裕子
債権者
小形篤
右債権者法定代理人親権者
父
小形孝一郎
母
小形園子
債権者
佐々木龍之介
右債権者法定代理人親権者
父
佐々木信之
母
佐々木清子
債権者
渡辺瞬
右債権者法定代理人親権者
父
渡辺尚到
母
渡辺和佳
債権者
廣瀬真理子
債権者
廣瀬桃子
右債権者法定代理人親権者
父
廣瀬正典
母
廣瀬咲子
債権者
原田瑞穂
右債権者法定代理人親権者
父
原田昌彦
母
原田敦子
債権者
高沢りえ
右債権者法定代理人親権者
父
高沢智治
母
高沢明美
債権者
草場志希乃
右債権者法定代理人親権者
父
草場裕之
母
草場美津江
債権者
菅原亮
右債権者法定代理人親権者
父
菅原浩倫
母
菅原まゆみ
債権者
山本咲
右債権者法定代理人親権者
父
山本暁
母
山本令子
債権者
佐藤弘貴
債権者
佐藤文佳
右債権者法定代理人親権者
父
佐藤芳郎
母
佐藤幸子
右債権者ら代理人弁護士
増田隆男
同
半沢力
同
新里宏二
同
鈴木裕美
債務者
松原敏夫
右債務者代理人弁護士
大野藤一
債務者
東日下建設株式会社
右代表者代表取締役
東日下昌俊
右債務者代理人弁護士
佐々木泉
平成四年(ヨ)第二三三号
債権者
大和田麻里
右債権者法定代理人親権者
父
大和田寛
母
大和田道子
債権者
西方ゆり恵
右債権者法定代理人親権者
父
西方守
母
西方幸子
右債権者ら代理人弁護士
増田隆男
同
半沢力
同
新里宏二
同
鈴木裕美
債務者
松原敏夫
右債務者代理人弁護士
大野藤一
債務者
東日下建設株式会社
右代表者代表取締役
東日下昌俊
右債務者代理人弁護士
佐々木泉
主文
一 債権者らが共同して本決定送達の日から一〇日以内に債務者らに対し一括して金一二〇〇万円の保証を立てることを条件に、債務者らは、別紙物件目録一記載の土地上に建築中の同目録二記載の建物について、地上七階以上部分のうち別紙七階平面図の斜線部分で特定される建物部分(但し、地上17.60メートルを超える部分)の建築工事をしてはならない。
二 債権者らのその余の申立てをいずれも却下する。
三 申立費用は債務者らの負担とする。
理由
一申立て
(債権者ら)
1 債務者らは、別紙物件目録一記載の土地上に建築中の同目録二記載の建物について、五階部分以上の建築工事を中止しなければならず、これを続行してはならない。
2 申立費用は債務者らの負担とする。
(債務者ら)
1 本件申立てをいずれも却下する。
2 申立費用は債権者らの負担とする。
二当裁判所の判断
1 本件記録中の疎明資料を総合すると、次の事実が一応認められる(以下、事実認定に用いた疎明資料は、<番号>で示す。)。
(一) 当事者
(1) 債権者ら<資料番号略>
債権者らは、いずれも仙台市青葉区支倉町二番三五号所在の仙台市立支倉保育所(以下「本件保育所」という。)に通所する児童一三〇名中の三九名(平成四年度の児童中、零歳児組ないし二歳児組計四六名中の一二名、三歳児組二九名中の一〇名、四歳児組二四名中の一一名、五歳児組三一名中の六名)である。
本件保育所は、零歳児から就学前の児童を対象とした仙台市の設置運営する公立の保育所であって、定員一三〇名のうち一二名の障害児を受け入れて統合保育を行っており、昭和五七年四月一日に開所されて以来、既に一〇年が経過している。本件保育所の敷地(面積1838.31平方メートル、以下「本件敷地」という。)及び園舎(延面積892.76平方メートル、以下「本件園舎」という。)は、ともに仙台市の所有であり、本件敷地上における本件園舎の配置の概略は、別紙図面一・二記載のとおりである。
本件敷地のほぼ中央部に位置する本件園舎は、鉄筋コンクリート造り二階建てであり、部屋の配置は、別紙図面三記載のとおりである。一階の南側部分は、西端が職員の事務室(以下「一―一室」という。)で、その隣から東端までが五つの保育室になっており、順に、障害児室(以下「一―二室」という。)、三歳児保育室(以下「一―三室」という。)、三歳児保育室(以下「一―四室」という。)、四歳児保育室(以下「一―五室」という。)、五歳児保育室(以下「一―六室」という。)である。二階には、五つの保育室があり、西端から東端まで順に、一・二歳児ほふく室(以下「二―一室」という。)、二歳児ほふく室(以下「二―二室」という。)、一歳児ほふく室(以下「二―三室」という。)、零歳児ほふく室(以下「二―四室」という。)、乳児室(以下「二―五室」という。)となっている。本件園舎のこれらの各部屋の南側には、床面から天井付近にかけて開口部分を広く取ったいずれも同じ大きさと構造の窓があり(但し、二―二室は部屋の東半分と西半分で二部屋分の窓を占めている。)、また、二階の各部屋の窓を隔てた外側に、人工芝の敷き詰められたテラス(約二六〇平方メートル、以下「本件テラス」という。)があって、窓を開ければ本件テラスに出られるようになっている。
本件敷地のうち本件園舎の南側部分が園庭(約七八〇平方メートル、以下「本件園庭」という。)になっており、本件園舎一階部分から南側隣地境界線までの距離は、最短約一八メートル、最長約二一メートルであって、本件園庭内には、おおよそ別紙図面四記載のとおり、鉄棒、ブランコ、すべり台、ジャングルジム、砂場などの遊具が配置されている。
債権者らは、本件保育所において、その親権者である父母の勤務日・時間に応じて、月曜日から土曜日までの間(但し、債権者らのうち数名は金曜日まで)、朝は早い債権者で午前七時三〇分から(大半の債権者は午前八時と午前九時の間から)、夕方は遅い債権者で午後六時まで(大半の債権者は午後五時半と午後六時の間まで)、平日の平均で一日約九時間の保育を受けている。債権者らの毎日の保育日課は、朝、親権者に連れられて随時登所した後、午前九時半頃までが合同保育、午後四時頃までがクラス別保育、夕方、親権者に引き取られて随時降所するまでが合同保育であり、それぞれの保育内容は、三歳未満児と三歳以上児とで分けられている。
三歳未満児の債権者らは、朝の合同保育では、主に本件園舎二階の保育室と本件テラスで自由に遊び、クラス別保育では、おやつを食べ、年齢ごとに本件テラス、本件園庭や本件園舎二階保育室等でいろいろな遊びをし、午前一一時頃に昼食をとり、その後は午後三時頃まで午睡をし、午後三時半頃におやつを食べ、夕方の合同保育では、自由に遊んでいる。
三歳以上児の債権者らは、朝の合同保育では、本件園舎一階の保育室と本件園庭で自由に遊び、クラス別保育では、年齢ごとに本件園庭や本件園舎一階保育室等でいろいろな活動をし、午前一一時半頃に昼食をとり、その後は午後三時頃まで午睡をし、午後三時半頃におやつを食べ、全員で集会をして、夕方の合同保育では、自由に遊んでいる。
(2) 債務者松原敏夫<資料番号略>
債務者松原敏夫(以下「債務者松原」という。)は、別紙物件目録一記載の土地(以下「本件土地」という。)の所有者であり、本件土地上に建築されつつある別紙物件目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)の建築主である。
(3) 債務者東日下建設株式会社<資料番号略>
債務者東日下建設株式会社(以下「債務者東日下建設」という。)は、建築工事の設計施工等を業とする会社であり、債務者松原から本件建物の建築を請け負って現にその建築工事を行っている者である。
(二) 本件建物の概要<資料番号略>
本件建物の構造内容は、別紙物件目録二記載のとおりであり、鉄筋コンクリート造り、地上七階・塔屋一階建て、塔屋先端までの高さ25.75メートル、建物自体の高さ20.20メートル、北側各階開放廊下、地上一階駐車場、総戸数住居四二戸、建築面積226.89平方メートル、延床面積1190.45平方メートル、建ぺい率43.24パーセント、容積率205.04パーセントである。
本件建物が建築されつつある本件土地の形状と本件敷地との位置関係は、別紙図面五記載のとおりであり、本件土地は、本件敷地の真南に隣接し、本件建物の北側壁面からその境界線までは約0.5メートルであって、本件建物は、本件土地上に東西方向に長い長方形の断面構造の設計のもとに建てられている。
債務者松原は、本件建物の竣工後、これをワンルームマンションとして賃貸することを予定しているところ、資金計画上の制約と本件保育所に対する日照阻害の回避から、本件建物を七階建てとして計画した。
本件建物は、債務者松原が平成三年七月二五日に仙台市から建築確認を受け、債務者東日下建設が同年一一月下旬に建築工事に着工したものであり、平成四年七月初旬頃には五階部分まで工事が及ぶものと見込まれる。
(三) 地域性<資料番号略>
本件保育所及び建築中の本件建物の所在する仙台市青葉区支倉町は、およそJR東日本仙台駅からほぼ北西に約二キロメートル、繁華街の一番町から北西に約一キロメートルに位置し、東側を通称西公園通り、北側を国道四八号線で区切られ、西北西側で広瀬町、西南西側で広瀬川、南側で西公園の所在する桜ケ岡公園に接する街区であり、都市計画法上の商業地域・準防火地域に指定されており、建ぺい率・容積率はそれぞれ八〇パーセント・四〇〇パーセント(但し、本件建物の許容容積率は二四〇パーセント)である。
支倉町は、隣接する広瀬町とともに、明治以降、現在に至るまで閑静な住宅地を保ってきた伝統のある街であり、古い屋敷が多く残され、広瀬川に近く街並みの緑も豊かであって、仙台市都市景観委員会建築計画専門部会(建築指導課)が平成二年三月に編集した公刊物には、アンケート調査による住民の意識として、街の将来につき、「豊かな緑を大切にし低層で落ちつきのある住宅地としてさらに住環境が充実されていくことを望んでいる。」との記載がある。しかし、隣接する広瀬町が住居地域に指定されているのに対して、支倉町は、仙台市青葉区の一番町を中心として指定されている商業地域の北西端にあたり、中高層のマンションも存在する。本件建物と本件保育所の所在する住居表示上の支倉町二番の地区に限ると、①第一遠藤ビル(七階建て、昭和五六年一一月新築)、②エスパシオ支倉(八階建て、昭和六一年一月新築)、③支倉マンション(一一階建て、新築年月不明)、④ランドマーク支倉(一〇階建て、平成二年一月新築)、⑤ベルソーレ支倉(七階建て、昭和六二年三月頃新築)の五棟の中高層建物が存在し、また、⑥ライオンズマンション支倉(七階建て)が現在建築中であって、これらの建物と本件保育所との位置関係は、別紙図面六記載のとおりである。
(四) 日照阻害の程度<資料番号略>
本件建物の建築が着工される前、本件土地上には債務者松原所有の木造二階建てアパートが存在していたが、本件保育所は、右アパートによって日照の阻害を受けることはなく、冬至においても、午前中は良好な日照環境にあった。
本件建物が計画どおり七階建て建物として完成した場合、本件保育所が本件建物及び前記④・⑤の既存建物(以下「別件建物」という。)によって受ける日照阻害は、次のとおりである(但し、以下の時刻は中央標準時である。)。
(1) 本件園舎の南側各部屋(但し、開口部中央付近)に対する日照阻害(別紙日影図一・二参照)
冬至において、一階については、日の出から午前七時四五分頃までは日影はなく、同時刻頃から一―一室、午前八時一五分から一―二室、午前九時頃から一―三室、午前九時五〇分頃から一―四室、午前一〇時五〇分頃から一―五室、午前一一時五〇分頃から一―六室がそれぞれ本件建物によって日影となり、一―一室は午後〇時一五分頃に一旦日照を回復するが、午後〇時二〇分頃に別件建物により日影となり、一―二室ないし一―六室は、本件建物による日影を受けたまま別件建物により、それぞれ午後〇時五五分頃、午後一時三五分頃、午後二時五分頃、午後二時四〇分頃、午後三時一〇分頃から順次日影となり、日没をむかえる。
また、二階については、日の出から午前八時三五分頃までは日影はなく、同時刻頃から二―一室、午前九時五分頃から二―二室西側、午前九時四〇分頃から二―二室東側、午前一〇時二〇分頃から二―三室、午前一一時五分頃から二―四室、午前一一時五五分頃から二―五室がそれぞれ本件建物によって日影となり、二―一室は午後〇時五分頃に一旦日照を回復するが、午後〇時二〇分頃に別件建物により日影となり、二―二室西側ないし二―五室は、本件建物による日影を受けたまま別件建物により、それぞれ午後〇時五五分頃、午後一時二五分頃、午後一時五五分頃、午後二時一五分頃、午後二時三五分頃から順次日影となり、そのまま日没となる。
春分・秋分においては、本件建物による日影は生じない。
(2) 本件園庭に対する日照阻害(別紙日影図一参照)
冬至において、午前八時頃には約一〇分の五(但し、日影部分の本件園庭に対する面積割合、以下同様)、午前九時頃に約一〇分の六、午前一〇時頃に約一〇分の七、午前一一時頃に約一〇分の八、午後〇時頃に約一〇分の九が本件建物によって日影となり、その後も別件建物との複合日影が生じ、日照は回復しない。
春分・秋分においても、午後〇時頃までには本件建物によってほとんどが日影となり、その後もほぼ冬至と同程度の日影が生じる。
(3) 本件テラスに対する日照阻害(別紙日影図二参照)
冬至において、午前八時頃には約一〇分の一(但し、日影部分の本件テラスに対する面積割合、以下同様)、午前九時頃に約一〇分の三、午前一〇時頃に約一〇分の六、午前一一時頃に約一〇分の八、午後〇時頃に約一〇分の九が本件建物によって日影となり、その後も別件建物との複合日影が生じ、日照は回復しない。
春分・秋分においては、本件建物による日影は生じない。
(五) 交渉の経緯等<資料番号略>
本件建物の建築に反対する債権者らの親権者らで構成する本件保育所父母の会(以下「父母会」という。)は、債務者松原に対し、建築計画の見直しを求め、債務者東日下建設の代表取締役が代表者となっている株式会社アスク(以下「アスク」という。)の専務取締役(以下「アスク担当者」という。)を窓口として、平成三年七月八日以降、本件建物の建築について、債務者松原ら建築主側と交渉をもち、同月二〇日、債務者松原宅において債務者松原夫婦、アスク担当者及び父母会会長が集まり、説明会開催のための事前の打合せが行われた。同月二五日、債務者松原は、本件建物について仙台市から建築確認を受けたが、同月二七日、本件保育所において父母会会員約二〇名、債務者松原及びアスク担当者が参加して第一回説明会が開かれ、この席上、法定日影図による冬至の日影の説明がされて、とりあえず同月中の建築工事着工はしないこととされた。同年八月一日、父母会会長と副会長が債務者松原宅を訪れ、債務者松原夫婦とアスク担当者に要望書と質問書を提出し、建築主側からは、同月五日、質問及び回答書が提出された。同月八日、父母会会長らが債務者松原宅を訪れ、建築主側への回答を含めた申込書と父母会の署名簿を持参したところ、申入書は受領されたが、署名簿は受領を拒否されたため郵送した。同月二〇日、第二回説明会が開かれ、債務者松原、アスク担当者、本件建物を設計した亘理設計事務所の担当者及び父母会会員約三五名が参加し、この席上、父母会側の同月一日付け及び八日付け文書に対する建築主側の回答がなされた後、質疑応答に入り、建築主側からは債務者松原の老後の生活や借金の返済もあり、現行の計画どおりに工事を進行させる、採算の問題は業務上の秘密であって公表できない旨の返答があり、父母会側から工事協定等が締結されるまでは着工しないことが要望され、建築主側はこれを了承した。その後、同年一〇月一九日、仙台市と債務者松原及び債務者東日下建設との間で、本件建物建築工事に係る安全対策等に関する協定書が結ばれ、また、仙台市を交えた交渉の結果、第三回説明会が同月三一日に開催されることとなり、同月二八日、父母会側の質問書がアスクにファックスで送付された。本件保育所で行われた第三回説明会には建築主側からはアスク担当者だけが出席し、この席上、資金力と建築関係法規上の制限から本件建物が七階建てになったこと、建築費について債務者東日下建設が借主になって債務者松原が物上保証をしている理由等が説明されたが、アスク担当者が退席したため途中で終了した。父母会側は、第三回説明会後も、仙台市を通じて建築主側に対して説明会の続行を求めたが、説明会は開催されなかった。債務者東日下建設は、同年一一月下旬、本件建物の建築工事に着工し、父母会から債務者松原とアスクに宛てて同月二五日付け抗議文が送付されたものの、その後も建築工事は進められ、平成四年四月七日、本件仮処分の第一次申立て(同年ヨ第一四九号事件)がされた。
2 以上の認定事実に基づいて、本件申立ての当否について判断する。
(一) はじめに
建築基準法その他の公法的規制は、一般的・概括的ではあっても種々の利益衡量を経ているものであって、将来に建物建築を予定する者の法的安定性や予測可能性の観点からも、公法的規制への適合性は、私法上の受忍限度の判断にあたって、十分尊重されなければならない。しかし、建築基準法は、「最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図」るものであり(同法一条)、もとより同法における利益衡量も一般的・概括的なものであるから、私法上の受忍限度とは必ずしも一致するものではない。したがって、当該建物が同法における日影規制の対象外の用途地域に建てられるものであることから、直ちに当該建物が私法上の受忍限度を超える日照阻害を与えるものでないと解するのは相当ではなく、同法の基準を充たしていれば、無条件に建物の建築が許容されるかの如き見解は採用できない。すなわち、当該建物が日影規制のない用途地域に建てられることは、重要ではあるが一つの要素として衡量の対象とされるのであり、問題となる具体的・個別的な事情を総合的に比較衡量して、受忍限度を超える被害を生じるか否かの判断をすべきである。
(二) 支倉町の地域性
本件保育所及び本件建物の所在する支倉町は、建築基準法上の日影規制のない商業地域である。支倉町は、広瀬町とともに、お屋敷町として静かなたたずまいをなお残しているが、本件保育所の近隣に限ってみると、ここ数年の間に中高層のマンションが数棟建てられており、住民の期待とは裏腹に、この地域の建築物の中高層化が徐々に始まりつつあるものともいえる。
支倉町は、繁華街の一番町からの距離も近く、市内の幹線道路である通称西公園通りに面していることから、支倉町までを含めて商業地域として指定されていることは、十分に首肯し得るところであり、今後も、支倉町のうちの西公園通りと近接した地区では、中高層化がある程度進行するものと思われる。
(三) 保育所の性格
保育所は、日日保護者の委託を受けて、保育に欠けるその乳児又は幼児を保育することを目的とする施設であり(児童福祉法三九条一項)、児童福祉の理念(同法一条)に基づいて地方公共団体等が設置するものである(同法三五条)。厚生大臣は施設の設備運営等について最低基準を定めるものとし(同法四五条)、施設に入所している者が、明るくて、衛生的な環境において、指導、育成されることを保障され(児童福祉最低基準二条、昭和二三年一二月二九日厚生省令第六三号、昭和六二年三月九日同令第一二号)、また、施設では、採光、換起、保温、清潔などの環境保健の向上に努めることとされている(厚生省児童家庭局長通知、一九九〇年三月二七日児発第二一七号)。
本件保育所は、仙台市の設置する保育所であって、仙台市は、乳児及び幼児の保護者とともに、これらの者を心身ともに健やかに育成する責任を負うのであり(同法二条)、児童の健全な育成は国民全ての責務である(同法一条一項)から、本件保育所は、広く公共的な性格を有する施設というべきであり、その施設環境の保全については、そこに通所する債権者ら児童やその親権者の立場のほかに、公共性の観点からも考慮する必要がある。
(四) 本件建物とその建築の経緯等
本件建物について、建築計画の最初の時点からの債務者松原側と本件保育所側との接触はなく、仙台市から建築確認がされた後、父母会のため、約四か月間に三回の説明会があったが、結局、本件建物は、設計が変更されることなく、当初の計画どおりに建築工事が進行しているものである。本件建物が七階建てになったのは、本件保育所に対する日照について考慮した結果であることも窺われるが、債務者松原の資金計画上の制約の方が大きかったのではないかと思われる。また、たとえ債務者松原らにおいて建築階数の点で日照を考慮したとしても、本件建物は、本件土地上での配置やその構造をみると、本件敷地との境界線から約0.5メートルの距離を置いただけの本件土地の北側に沿った位置にあって、東西方向に長い単純な長方形の断面構造の設計のもとに建てられているのであり、これらの点での本件保育所に対する日照の配慮はなかったものといわざるを得ない。
債務者松原は、夫婦の老後の生活のため、ワンムールマンションとして賃貸して家賃収入を得ることを目的として建築したとしているが、その収支計算は債務者側からは明らかにされていない。
(五) 本件建物による本件保育所の日照への影響
冬至において、本件園庭、本件テラス及び本件園舎は、別件建物による日影をも受ける。しかし、本件保育所の保育日課によると、零歳児から二歳児までの児童は午前一一時頃に、三歳児から五歳児までの児童は午前一一時半頃にそれぞれ昼食をとった後、午後三時頃まで午睡することになっている。したがって、本件建物による日影としては、児童が活動する時間帯である午前中の日影を問題とすべきところ、従前、本件土地に木造二階建てのアパートが建てられていたころには、本件保育所は、午前中十分な日照を享受していたものである。
そこで、まず、冬至における本件園庭と本件テラスに対する影響をみるに、本件園庭については、本件建物により、大多数の債権者が登所する午前九時頃までには、その約一〇分の六が既に日影になっており、昼食前の午前一一時頃には約一〇分の八が日影になり、また、本件テラスについては、午前九時頃に約一〇分の三、午前一〇時頃に約一〇分の六、午前一一時頃に約一〇分の八の日影となるから、ほぼ午前九時頃からの一時間に限ってみると、本件テラスの約半分以上の部分について日照が辛うじて確保されてはいるが、その後昼食までの約一時間半は、日影部分の方が広いことになる。
次に、本件園舎の南側各部屋については、全部の児童がそろってクラス別保育の始まる午前九時半頃には、一―二室、一―三室、二―一室及び二―二室西側は、既に日影になっており、引き続き午前一〇時半頃には、一―四室、二―二室東側及び二―三室がそれぞれ日影となり、児童が活動する時間帯における日照は殆ど奪われることになる。
もっとも、本件保育所にとって本件建物によるこのような日影の影響があるのは、本件園舎が本件敷地のほぼ中央部に位置し、北側部分に自動車用のロータリーや駐車場が配置されていて、少なくともその配置からみる限り、本件敷地の南隣地に高層建物が建築された場合に備えて本件保育所全体について児童の日照の享受を第一とした設計になっていないことも指摘せざるを得ない。
(六) 検討
前述した保育所の性格からみて、テラスや園庭などの遊び場における児童の活動がその心身の健全な発育にとって不可欠であり、遊び場を含めた保育所全体の空間に十分な日照が確保されることが望ましいのはいうまでもない。
しかるに、本件保育所の債権者らは、本件建物の建築により、従来確保されていた日照について前記認定のとおりの阻害を受けることになる。本件園庭についていえば、秋分から春分までの間、債権者らが登所する時間帯ではその一部に日が当たるものの、午前一一時頃には殆どが日影となり、特に冬の時季における児童の本件園庭を使った遊びに対して負の誘因となることが懸念される。また、本件テラスについても、この場を主に使うのが三歳未満児であることから、日影部分の方が広くなる冬の時季には同様の懸念があり、児童を預かる職員としても、その健康管理上、戸外での遊びについて慎重にならざるを得ないであろう。そしてさらに、本件園舎の南側各部屋についても、児童が最も活発に活動する午前中の時間帯においてその大部分が日影となるが、そのうち、一階の障害児室や三歳以上児室(一―二室ないし一―六室)については、部屋を使用するのが活動的な三歳以上児であることから、冬至においても、日照の確保された部屋を使用する組の優先順位をつけるなど、これまでの組の部屋の割当てや使用方法を変更して保育日課や児童の活動計画を工夫する余地もあろう。しかし、二階西側にあたる一歳児ないし二歳児のほふく室(二―一室ないし二―三室)については、午前中の日照が殆ど奪われることになり、これらの部屋を使用するのがその身体的活動に制約のある一歳ないし二歳の幼児であることから、これらの児童のために部屋の割当てや使用方法を変更したり保育日課等を工夫することによって日照を確保することは困難であると考えざるを得ない。すると、右のような影響が生ずることからすれば、本件建物による本件保育所への日照阻害は、前述した保育所における日照の確保の必要性・特殊性に照らして、これを軽視することはできないものというべきである。
したがって、支倉町が仙台市のほぼ中心部に位置する商業地域に所在し、周辺の中高層化の始まりつつある地域であること、債務者松原において本件保育所に対する日照確保を考慮して七階建てにしたことが窺えないではないこと、本件園舎が本件敷地のほぼ中央部に位置していること等前記諸事情を勘案するとしても、本件建物の建築によって本件保育所に従来確保されていた日照について前記認定のとおりの阻害が生じることは、債権者らに受忍限度を超える日照被害をもたらすものといわざるを得ない。
そこで、進んで検討するに、疎明資料<資料番号略>によれば、仮に本件建物の地上七階部分をエレベーター室(エレベーターホール、エレベーター脇廊下及びコインランドリー室を含む)、その西側の二室及びこれら三室の北側開放廊下だけの建築に設計変更すると(すなわち、本件建物について、地上七階以上部分のうち別紙七階平面図の斜線部分で特定される建物部分〔但し、地上17.60メートルを超える部分〕の建築をしないこととすると)、少なくとも前記二―一室ないし二―三室については、午前一〇時前頃から午後〇時頃までの間、その開口部への日影が相当程度改善され、午前中の日照としてはほぼ十分な日照が確保されるものと一応認められる。
他方、当初の計画を変更することにより、債務者らの被る損害については、債務者松原らが、本件審尋期日において、本件建物の設計変更にともなう収支計算に関する何らの疎明資料も提出しないとする態度に終始したことから、当裁判所には明らかではなく、債務者らにおいて、右のような設計変更を忍ぶものとしても止むを得ないところである。
してみると、本件建物を右のとおり設計変更すれば、先にみた程度で本件保育所における日影の改善が図られると考えられ、前記認定にかかる支倉町の地域性等の諸事情にこれを加えて勘案すれば、本件建物が一部七階建てとなることによってもなお本件保育所に及ぼされる日照阻害については、これを是認し得る限度内のものとして、債権者らにおいて受忍せざるを得ないものとみるのが相当である。
3 本件建物が当初の七階建ての計画どおりに完成すると、後日その一部を撤去することは著しく困難となることが明らかであるから、本件仮処分の申立てについてその保全の必要性も認められる。
4 以上によれば、本件申立てはいずれも主文掲記の限度で理由があるからこれを右限度で認容し、その余はいずれも失当として却下し、右認容部分については、債権者らに対し、前記認定の諸事情を考慮して主文掲記の保証を立てさせることとし、主文のとおり決定する。
(裁判長裁判官伊藤紘基 裁判官阿部則之 裁判官平田直人)
別紙図面一、二、三、四、六<省略>
別紙日影図一、二<省略>
別紙七階平面図<省略>
別紙物件目録
一 所在 仙台市青葉区支倉町
地番 二三番一
地目 宅地
地積 631.87平方メートル
二 所在 右同所二三番一
構造 鉄筋コンクリート造陸屋根(地上七階・塔屋一階建て、塔屋先端までの高さ25.75メートル、建物自体の高さ20.20メートル)
建築面積 226.89平方メートル
延床面積 1190.45平方メートル